一連のバージ船リノベーションプロジェクトを振り返る1

昨年(2010年)の3月末、2005年の8月から4年半の試験期間をもって、LOB号はスクラップにされました。(togetter リンク)

袖ヶ浦に到着して油圧ショベルのようなものに押さえつけられているLOB

LOB号は2005年8月、江東区潮見の業者から15万円程度で購入したゴミ運搬用のバージ船を、横浜トリエンナーレ2005に出典するためにリノベーションされ、ラウンジ船になりました。

なぜ、われわれがこの船を出展する事になったのか?それはいくつかの要因が重なっています。

芝浦の初代LOB号が特別な空間を形成した経験を再現したい。(水上コミュニケーション)

・われわれは水辺空間が生活にうるおいをもたらすと信じているが、日本においてはまったくといっていいほど利用法が拡大していないことを問題視。(都市の水面利用)

・アートという枠のなかで、水上ラウンジを「係留」し、社会にその有為性問う機会をいただいた。(表現)

・この機会を契機として、社会の水辺に対する関心を喚起したい(啓蒙)

だれかが使わなければならない、だれも使わないのであれば、われわれが使って水辺の魅力、横浜、東京の水辺の魅力を世界に発信していきたいという強い思いがあった。

この機会を契機として、私たちもたくさんの議論を行った。

まず、自分たちがアーティストとして扱われる事には抵抗があった。
私たちは、私たちがすむ街のなかにある水のある空間をわれわれの手で使うことによって街が活性化すると信じていただけなのだ。ただ、アートの場を借りて、都市や社会制度に問題を論じ、真っ正直に正面から必要と思われる事を世の中に提示できることに喜びを感じていた。


そのほか行われた議論には、例えば、どのような空間にするかについて、「鉄のさびた感じが産業遺産として重要な空間要素になる」という意見が多かったのに対して「もっとわかりやすい白いデザインされた空間にしたい」という意見もあった。これについては、持っている素材の意味としての重みを重視する方向性についてわれわれ内部で一定のコンセンサスが得られた。結果的に、生身の人間がむきだしの水辺空間を認知するという知覚効果をもたらしたことは、よかったと思っている。

船の上でどのようなアクティビティを起こすかという議論は白熱した。
芝生を植えて公園にするという案もあったが、スミッソンの船上公園は実例があったのでボツになり、初代LOBのようのカフェをやりたいという意見は根強かったが、それでは巨大なアートイベントのただのお茶飲み場という認識になりかねないと見送ることになった。やはり、水上を純粋に認識するためのスペース、しかもそれが都心にほど近い場所にあって、岸壁からひとまたぎで到達する事のできる異空間という点は伝えるべきポイントとして重要だと認識するに至った。

屋根に関してはかなり早い段階から農業用のビニールハウスは提示されていたが、深さが2mある船室に立つと水面が見えないという問題を解決するために、ウッドデッキスペースをどの程度大きくもうけるかなど細かい議論が行われた。


水槽は、波を船の中で再現し、知覚する上でとても面白い効果をもたらした。この水槽の出自は面白く、実は「箱庭セラピー」がアイデアの源泉である。船のなかで「箱庭セラピー」をやりたいと言っていた坂倉は、水辺で自らと向き合うという内省的な空間に仕上げたかったようであるが、ゆれうごく船を知覚的に再現した水槽も、水上における相対的な自分と向き合うというおもしろさがあったように思う。

実際に実施するにあたって多くの問題が発生してたくさんの手間がかかったが、総じて役所の協力は強力でなんとか実施することができた。

係留するにあたって、横浜市役所の文化担当、都市計画担当の方々には足しげく港湾担当に通っていただいて、横浜市を挙げて行うことをなんども説明していただいて特別に係留を許可していただくことになりました。また、船を改装する場所も用意していただきました。はしけ業界団体の協力も役所を通じてとりつけていただき、台風の場合、別の場所に退避する体制もとることができた。

一部終

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