「治水と舟運による都市の生成と激変する湾岸都市風景」

◆エリア解説

BPA山崎

 東京で最も低いエリアの一つである江東区、江戸の最東端に立地し荒川、江戸川から江戸に物資を搬入ストックする重要な舟運物流拠点となり碁盤の目状に掘割が巡る一大水網街区であった。江戸初期には日本橋、京橋に立地していた河岸や倉庫、問屋が江戸の巨大化にともない、八丁堀周辺に移転し、江戸中期にはさらに東に移動しこのエリアが物流拠点となったようだ。元々旧利根川や荒川河口の浮州を埋め立てできた街のため、常に水害と戦い高度な土木技術を発達させてきた。利根川東還などの大土木事業などは有名である。現代でも外郭堤防と水門・閘門による高度な治水システムにより守られたエリアである。そのような経緯がありただでさえ軟弱な地盤の低地なのに、高度成長期にこのあたりに多数立地していた工場が地下水を多量にくみ上げたため、最大で4mを超える地盤沈下を起こし水面下の街となってしまったようだ。
 昨今、産業転換により、このエリアに多く立地していた、倉庫、貯木場、造船所、工場などは臨海埋立地に移行し、代わりにオフィス街や巨大高層住宅街に用途変換され、急激な人口増加と大規模再開発が生じている。また平地であるため、強固な土地の記憶に乏しく当時の掘割跡や寺社仏閣、庭園が歴史の痕跡を残している程度である。今では相当数の掘割が埋め立てられ、道路や公園に変容しているが、まだまだ航行可能な水路は数多く残っており、今でも水路沿いにわずかに歴史の断片を垣間見ることが可能である。

 今回は、午前中に江戸中期以降掘削された掘割を中心にリサーチ。東京ゼロメートル地帯の治水システムである水門・閘門、水位変動の無い内水運河の親水性の高い水辺空間を巡る。
 午後は昭和初期以降埋め立て形成された臨海部運河をリサーチ。かつては一大工業地帯であり工場、造船所、貯木場などが数多く立地していたが、高度成長期以降の産業変換で巨大な倉庫、ショッピングセンター、タワーマンション街に変貌し急激な人口増加を招いている。現時点では、造船所や貯木場跡や木材倉庫、セメント工場が若干残っており、街の変貌過程を見ることができる。また、外郭堤防と水門、建設中の臨海大橋、最終埋め立て地中央防波堤などのテクノスケープも鑑賞でき、変わりゆく東京風景を実感できるエリア。またBPAの象徴ともいえるバージ転用空間LOBが停泊している12号貯木場跡地の業務船船溜まりは船の墓場のようで圧巻である。その他14号貯木場の鏡のような平水面もアートとの繋がりを予感させ、計り知れない水面利用の可能性を感じさせてくれる。

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赤色は午前のA,Bコース(オレンジはE-boatコース)。黄色は午後のCコース
青いエリアがゼロメートル地帯。破線は外郭堤防、赤マークは今回通過する水門。
(資料提供:Ishikawa Hajime)

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安土桃山時代の天然の海岸線(資料提供:Ishikawa Hajime)